ピアノと暗譜

発表会まであと4週間となり、生徒たちもいま一生懸命暗譜しているところです。

ピアノを弾く人たちは、少し高度な曲を弾くようになると、この暗譜が悩みと言う人が多いですよね。

 

コンサートで最初に暗譜で弾くようになったのは、リストという説とクララ・シューマン(シューマン夫人)という説がありますが、クララ説のほうが強いようです。

そんなわけで、クララを恨みながら(笑)、汗をかいている人も多いのですが、この暗譜、「盾と矛」みたいなものですね。

 

譜面台を外したほうが音も響くし、譜面なしで弾くと本当に自由に伸び伸び弾ける反面、ほんのちょっとでも記憶に不安があると、緊張でパニックになってしまう可能性もあります。

 

でも、音大受験でもコンクールでも、暗譜が義務づけられていますから、これは避けて通れません。

「発表会ぐらい楽譜を見てもいいんじゃない?」と思う人もいるかもしれませんが、現実に私の生徒なんかは、楽譜を見てもいいとなったら途端に楽天的になってしまって、ちゃんと練習しなくなってしまうのは目に見えています。

たぶんひどい発表会になると思います(笑)

 

私の先生は、音大生には新しい曲を始めたら1週間で暗譜することを課していました。だからみんな必死です。

「暗譜してしまわないと、本当のレッスンが始まらない」というのが先生の持論です。実際、一流の先生やピアニストのレッスンは、みんな暗譜で受けています。

無数にあるピアノ曲をマスターするには、次々と覚えられないと話にならないんですね。

 

でも、高名なピアニストでも、暗譜で失敗したり苦しむことはあるようです。

昔、旧ソ連の大ピアニスト、リヒテルが来日して、私は浜松と東京と2回聴きに行って、たまたま同じプログラムだったのですが、なぜか浜松では暗譜で、東京では楽譜を見て弾いていました。

楽譜を見ていたことをみんな不思議がっていたのですが、実はリヒテル自身が大変な不安に襲われて、もう弾けないという気持ちになり、フランスから主治医を呼んで相談したところ、「楽譜を見て弾けばいいよ」と言われたそうです。

浜松で聴いたときと東京で聴いたときは、テンポも少し違うし、全体に印象が違ったのですが、気持ちの違いだったのか楽譜を見ていたせいだったのか、いまでもわかりません。

 

以前にご高齢(70代後半?)のピアノの先生のリサイタルを聴きに行ったとき、もともと実力のある方だったのですが、曲の途中で止まってしまって、「間違えました。ごめんなさい」とにこやかにおっしゃって最初から弾き直したことがあります。

笑いが起き、皆さん温かい拍手でなごやかな雰囲気でしたが、あれくらいのお年になれば、楽譜を置かれてもいいのではないかと思いました。

 

私もそういう年齢になったら楽譜を見て弾かせてもらいたいものですが、いまは生徒の手前、「先生ばっかり」と言われそうなので、そうもいきません。